2013年01月25日

福島県双葉町 町長不信任の議会は解散出直し選挙実施 井戸川町長は潮時と辞意表明

双葉町 町長不信任の議会は解散出直し選挙実施 井戸川町長は潮時と辞意表明


きのう1月23日付け朝日新聞朝刊に載っていた福島県双葉町の記事に、町議選が無投票の見通しとあって落胆しつつ読みました。(公示日のきょう24日に町のホームページで確認すると定数8人に解散前の8人のほかに元職1人<71歳>が立候補して選挙戦になります)
朝日とNHKは23日夜に、井戸川克隆町長の辞職申し出を報じています。

「ありきたり」にいうと、議会側に軍配が上がり、町長側が敗れたということなのでしょう。町議会議員選挙には、新人が1人も立候補することもなかったので、双葉町の住民は、井戸川町長を批判して町長不信任案を可決した議会の側を支持したと理解するのが普通の解釈だと思います。

それでいいのでしょうかと正直思いますが、双葉町住民が選んだことですから、外野からどうのこうのいう筋合いのものでもありません。

ただ、私のような原発の近隣にいる人間にとっては、他人事ではないです。
うすら寒いというか、うすら怖い気がします。



地球的な規模で大惨事を起こした「東京電力福島第一原子力発電所」の所在地は、福島県の双葉町と大熊町にまたがります。

その双葉町の井戸川克隆町長が23日に、辞表を提出しました。朝日新聞によると井戸川さんは「潮時」と説明したようです。

逆切れしてブチ切れたのか、心が折れたのか、それともほかの要因があるのか。
これまでの動きを振り返ってみますと、双葉町民や福島県民・日本に住む人間のために、奮闘してきた井戸川さんの姿が見えてきます。
動機づけ・モチベーションが弱くなってしまった井戸川さんには、ただただ今までお疲れさまでしたというしか言葉がありません。

どうして双葉町の井戸川町長は、仮役場を福島県内や隣県でなく埼玉県内に設け、なおかつ約2年がすぎた今になっても、県内への役場移動を渋っていたのだろうか。

双葉町民の命(健康)と安全を守ろうとする行政責任者としての仕事への誇りと使命があるからではないのか―というのが私の推測・妄想です。


来月2月のうちに町長を辞めてしまうので、双葉町のホームページから削除されてしまうであろう井戸川克隆町長のメッセージ「双葉町は永遠に」の後半部分を資料的な意味も込めてコピペします。
◆引用元
福島県双葉町HP>町長メッセージ>「双葉町は永遠に」
http://www.town.futaba.fukushima.jp/message/20130123.html/
<引用はじめ>
(前略)
この事故で学んだことは多い。我国でも人命軽視をするのだと言うことがわかった。国は避難指示と言う宣戦布告を私たちに出した。武器も、手段も、権限もない我々はどうして戦えるだろうか。

 白河市にアウシュヴィッツ博物館がある。ナチスがユダヤ人を毒ガスで虐殺したことは衆目の事実だ。福島県内では放射能という毒で県民のDNAを痛めつけている。後先が逆だ。この状態から一刻も早く避難をさせること以外に、健康の保証は無い。その後に十分時間をかけて除染をやれば良い。
 人工放射能に安全の基準を言う実績が少ない。20msv/yで住めると言う人が家族と一緒に住んで示すことが先だろう。その安全が確認出来たら福島県民は戻ればいい。これ以上モルモットにするのは、外国の暴君が国民にミサイルを撃つのと変わり無い。
 福島の復興なくして日本の再生はないとは、人口減少の今、将来の担い手を痛めつけていては、真に福島の復興には繋がらないと心配している県民は少なくないと思う。双葉町は原発を誘致して町に住めなくされた。原発関連の交付金で造った物はすべて町に置いてきました。

 原発の誘致は町だけで出来ない、県が大きく関わってはじめて可能となる。私たちは全国の人たちから、「お前たちが原発を誘致しておいて被害者面するな」という批判を受けている。私たちはどこにいても本当の居場所がない今、苦悩に負けそうになりながら必死に生きている。子どもたち、高齢者、家計を支えなければならないお父さん、お母さんたちの悲鳴を最初に菅総理に訴えた。変わらなかった。そのために私は野田総理に国民としての待遇を訴えたのです。しかし、今の町民の皆さんは限界を超えています。何とか国には町民の窮状を訴え、町民には叱られ役をやり、マスコミに出されるようにしてきました。

 県にも窮状を訴えています。最近も質問をしました。回答は具体的な内容ではなく失望しました。知事は福島の復興のために双葉町に中間貯蔵施設を造れと言うので、双葉町の復興はどうするのですか、と聞くと答えてくれません。そこで、踏み込んで私に町をくださいと言いましたがやはり答えませんでした。これでは話し合いになりません。

 環境省の局長にどうして双葉に二つの場所を決めたのですかと聞いたら、分かりませんと言いました。では会議録をみせてくださいと聞いたら、後日ありませんと言う返事でした。このようなことで、調査だけで建設はしないからと言われて、ハイいいですよとは言えません。
 町には古くから先人が築いてきた歴史や資産があります。歴史を理解していない人に中間貯蔵施設を造れとは言われたくありません。町民の皆さんが十分議論した後に方向を決めていただきたい。若い人に決めてもらうようにしてほしい。

 今まで支えていただきました町民の皆様、双葉地方各町村をはじめ福島県内各市町村の皆様、国及び福島県そして事故発生時から避難救済にご支援いただきました国民の皆様、国会議員の皆様、全国の自治体の皆様、埼玉県と埼玉県議会の皆様、県民の皆様、加須市と加須市議会の皆様、市民の皆様、さくら市の皆様、医療界の皆様、福祉関係の皆様、貴重な情報の提供された方、最後に国内並びに世界中からボランティアのご支援をいただきました皆様、この避難を契機にご支援いただきました多くの皆様に支えられて、ここまで来ることができました。心から感謝を申し上げまして、退任のご挨拶に代えさせていただきます。
 長い間誠にありがとうございました。
 
平成25年1月23日

双葉町長 井戸川 克隆
<引用おわり>

(了)



posted by びとう さとし at 00:48| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 脱原発・エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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