2012年11月23日

越山康さんが「1票の格差」を提訴して50年  朝日「社説余滴」選挙管理内閣を提案




越山康さんという弁護士が、司法修習生時代の1962年に参議院の投票権の価値・「1票の格差」を裁判所に訴えてから、今年2012年で半世紀。ちょうど50年になる。

10年ひと昔といいます。日進月歩。ドッグイヤーどころじゃないはずなのに。
この社会の政界の怠慢・不作為はあまりにひどい。
1962年はビートルズのデビューの年でもあるそうです。すでに歴史だ。

越山さんは、2009年11月27日にがんのために76歳で亡くなられた。
せめてもの救いは、戦後初といえる本格的な政権交代を観察して、選挙権の改革に希望を持っておられたであろうこと。

国民が我慢強いのかな。優秀ってことなのかな。よくわからない。理解が及ばない。
福島をはじめ被災地での復旧が進まない中、1年6か月のあいだ時間かせぎで取り繕った後、衆議院の「0増5減」という何もしないに等しいことで、白を切るつもりだ。

きょう22日付けの朝日新聞のオピニオン面は、充実している。社説「総選挙自民党の公約 3年間、何をしていた」(1本社説)は<複雑な問題を直視せず、勇ましい言葉で国民受けを狙う。>と自民党を批判している。しかし、自民党だけでなく民主党にも社会民主党など多くの議員・政党にも当てはまる。

全部が悪いわけではない。
逢坂誠二さんのように真摯に議員活動に励んでいる方も少ないがいる。

朝日の社説の下にある「社説余滴」は、(司法社説担当の)渡辺雅昭さんが「仕事は『次の次』の内閣で」として、選挙管理内閣の提案をしている。
でだしも、丁重に<極論、と承知で書く。>と控えめすぎるくらい。まるで言論統制化にある独裁社会か官僚制が張り巡らされた高度情報管理社会にいるような錯覚がする(後者は既に達成かも)。

渡辺さんの主張は、とても正攻法でもっともな話だと思う。


国会(立法府)が落第を50年も続けて、最高裁判所(司法府)は政治に気兼ねしてか、サラリーマン化のためか本来の役割を果たさないで来た。そして、さらに泥を塗られた。

豊川信金のような事件は、これからも起こりうる――という危機感を国会議員は持っているだろうか。国民の不満が高まるのは、もっともだと思う。(否定したいが、そういう風潮になるのには仕方ない要因が多々ある)

(了)



posted by びとう さとし at 00:55| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 選挙あれこれ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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