2012年09月29日

暴挙と独裁は、静かにやってくる




フェイスブックで「ともだち登録」をしている米国の女性が、大学を卒業した。
でたらめな英語で、「おめでとう。良い人生を!」とコメントしたら、「ありがとう」と返事が来た。

私の父の幼なじみが、亡くなった。今日付けの新聞のおくやみ欄に載っていた。
今年は、長兄と、若いころ仲の良かった年上のいとこも亡くなっている。
そんな中、末っ子の父とは親子ほど年の離れた姉(一番上)が11月に100歳を迎える。

バチカン(ローマ教皇庁)は、キリストに妻がいたとするパピルス(紙に書かれた文書)をニセモノ(フェイク)と断じた。まあ、事実として違うだろうと思うけど、事実だとしても認めないだろう。しかし、男児に対する性虐待(同性愛強要)については、聖職者ならば、しっかり認めてほしい。避妊も。

地球は広い。同時に狭いともいえる。

原子力規制委員会のでたらめぶりが、明るみになってきている。その中で、日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」や非組織記者(フリーランスの記者)らを原子力規制委員会の記者会見に出席させないという民主党政権は暴挙にでている。日本やドイツの独裁的な政権は、急に出現したわけでない。さいしょに共産主義者・無政府主義者、社会主義者、異端の宗教者(たとえば創価教育学会)、自由主義者、民主主義者と少しずつ、「排除」「規制」「懲罰」の対象となっていった。

21世紀の現在、あからさまな仕打ちはしないようにも思える。スマート(狡猾)に、治安は維持される。たとえば米国のメディアは、ベトナム戦争やウォーターゲート事件の時とは異質になってきているようにも思える。
日本の原子力ムラ勢力は、スマートをかなぐり捨てて、手段を選ばない戦略に出てきている。「貧者のエネルギー」である原子力発電を世界にばらまくことに加担するのは、1945年の夏の暑い日に(父によると北海道も暑かったらしい)得た開放感と、日本国憲法で得た平和への取り組みをないがしろにすることともいえる。

愚直であろうとも、憲法前文の思想と理念を後世に伝えるためにも、わたしたち日本人(含む日本に住む無国籍者・外国人)は、エネルギー政策と真剣に向き合わないといけない。毒を海外に輸出する極悪人の行為は慎みたい。科学技術でも、日本が誇れる分野で世界・地球に貢献できないかを模索しよう。

(了)



posted by びとう さとし at 01:28| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 脱原発・エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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