2012年09月12日

逢坂誠二議員をほめる前総務大臣の片山善博さん 「世界」復帰2作目は “政治主導”挫折を診断




9月9日(日)は、「大阪維新の会」が討論会(?)をしたようです。新聞のテレビ欄を見ると、午後6時前の各局のニュースや午後7時のNHKに「維新の会」の活字が横並びです。
維新の会の話題は、話半分にしても、前大阪府知事で大阪市長現職の橋下徹さんの情報を主権者である国民に公開する姿勢には、共感いたします。

今回の話題は、同じ「おおさか」です。逢坂誠二さんの話題です。
前にも触れましたが、月刊誌『世界』(岩波書店)に片山善博さんが先月号2012年9月号から帰ってきました。

再連載「片山善博の『日本を診る』」の2回目のタイトルは、「『政治主導』はなぜ挫折したか」です。「維新の会」より興味ありません?

民主党の躓(つまづ)きについて、片山さんは解説しています。相変わらず、説明は上手で分かりやすいです。
端的に短くいうと、次の3点を指摘しています。(片山さんの地の文ではありません。詳しくは、「世界」10月号をご覧ください。3ページと短いですが濃縮されています)
1 「次の内閣」の非活用
2 政治任用のための法整備不足
3 閣僚・議員の勉強不足

「閣僚・議員の勉強不足」に関しては、片山さんは<党の外から入り込んだ者が、政権与党のお歴々にマニフェストの実現を促すのも珍妙なことだと苦笑させられたものが。>
と記しています。
辛辣というかかなり厳しく閣僚を小ばかにしています。<珍妙>で<苦笑>とは、北海道議会の程度の低さを「学芸会」と語ったのを超えています。北海道議会は、片山さんにまともに反論もできずに、自分たちが学芸会以下だということを自他ともに認めてしまっています。

マニフェストに記述されている内容―たとえば国庫補助金や、地方出先機関の地方移管―を<積極的に進めなければならないと自覚していた閣僚は、その時点では数えるほどしかいなかった。>と暴露しています。
「その時点」とは、片山さんが民間閣僚として民主党政権に加わった最初の閣僚勉強会のときです。首相が鳩山由紀夫さんから、菅直人さんに変わった時点です。政権交代からほぼ1年がたってます。
言葉を選びつつも<珍妙>かつ<苦笑>としか表現せざるを得ない片山さんも、情けないことでしょう。片山さんも国民も、お気の毒です。

先ほどの3点のうち2番目の政治任用の関連で、名前こそ出していませんが、逢坂誠二さん(衆議院議員<北海道8区選出>、元北海道ニセコ町長)をほめています。
いわく
<一計を案じて総務大臣政務官のうちの一人に地域主権戦略室長を兼務してもらっていた。><地方自治に明るく、組織を束ねる経験も積んだ有能な国会議員のおかげで、国庫補助金一括交付金化などの難題を政治主導で大きく進めることができた事実はもっと認識されていい。>
と最上級の賛辞を連ねています。

世事に忙しい有権者はふつう、政治家の名はそんなに多くは知らないと思われます。
良い政治家の名前は、知らしめるのがよいと思います。

◆参考サイト
日本国首相官邸HPトップ > 菅内閣 閣僚名簿等 > 菅第二次改造内閣 大臣政務官名簿
http://www.kantei.go.jp/jp/kan/meibo/seimukan/oosaka.html

(了)



posted by びとう さとし at 00:21| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治★全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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