2012年05月15日

脱原発の勢力は一つにまとまって 「鶏頭牛後」じゃアカン 




昨年「3・11」の後に、やたらと震災や原発事故に関係する会議や委員会ができました。数が多すぎないかと各方面から指摘されました。
二重三重の「保険」をかけて万全の施策をするためだったのかもしれません。しかし、雨後の竹の子のように乱立した合議体は、散漫になってしまい、国・政府として明確な方向性を示せずに、中途半端になってしまったまま、1年2カ月がすぎてしまいました。

「脱原発ロードマップを考える会」という民主党の議員連盟が先月4月12日にできたようです。
真剣に脱原発を目指して行動する気があるのなら、その時点ですでにできている超党派の「原発ゼロの会」と合流できないものでしょうか。民主党内の政局がらみの道具とされるのでしょうか。
すでに民主党には、塔の公式な組織としてエネルギー・原発に関係するプロジェクトチーム(PT)が3つ【も】あります。
船頭(議員)もいないのに船(議論の器)の数ばかり増やしても仕方がありません。戦争のボードゲームをしているんじゃありませんから。

脱原発の流れをつくってほしいと思いつつ、脱原発の勢力も分散しているような印象を受けます。
「脱原発ロードマップを考える会」の結成を、私は素直には喜べません。「原発ゼロの会」と微妙に目指す方向が違うのでしょうか。
去年と同じ轍を踏もうとしています。不安です。

江田五月さんのメルマガによると、「脱原発ロードマップを考える会」の第4回会合が16日にあるようです。


小党(少数)分立するよりも、おおよその考えが一致できるのであれば、大同団結するときだと思います。
基本的人権のない時代なら「鶏頭牛後」ということもありえますが、民主主義の現代にあっては、協力して一つにまとまることが大切だと思います。ここは毛利元就の教え「三本の矢」でお願いしたい。
だれが組織の代表トップかにこだわってるときじゃありませぬ。

各種の世論調査によると、できるだけ原発を社会から遠ざけようとする「脱原発」が国民の多数意見のようです。それは種の保存・自己の生命を守ろうとする生物としての本能であるとも思います。
福島はじめ宮城・岩手・茨城などに暮らす国民を守る取り組みをお願いするのは、無茶なことなのでしょうか。

(了)



posted by びとう さとし at 01:04| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 脱原発・エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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