2011年05月05日

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』★小佐古 敏荘さん(こさこ としそう)


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小佐古敏荘
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小佐古 敏荘
(こさこ としそう)
国籍 日本の旗 日本
教育 東京大学大学院
工学系研究科博士課程修了
業績
専門分野 原子力工学
勤務先 東京大学
成果 放射線の安全基準に関する研究
核燃料サイクル・放射性廃棄物管理に
関する研究
加速器保健物理に関連する研究

小佐古 敏荘(こさこ としそう)は、日本の工学者(放射線安全学)。東京大学大学院工学系研究科原子力国際専攻教授。

東京大学原子力研究総合センター助教授、内閣官房参与などを歴任した。
目次
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* 1 来歴
o 1.1 生い立ち
o 1.2 工学者として
* 2 人物
* 3 略歴
* 4 出演番組
* 5 脚注
* 6 関連項目
* 7 外部リンク

来歴 [編集]
生い立ち [編集]

東京大学に入学し、工学部の原子力工学科にて学んだ[1]。1972年、同大学を卒業、大学院に進学[1]。工学系研究科の原子力工学専門課程にて学び、1974年に修士課程を修了[1]。1977年に博士課程を修了した[1]。
工学者として [編集]

1977年、東京大学大学院を修了。同大学に採用され、原子核研究所の助手として着任した[1]。その後、1982年、東京大学の原子力研究総合センターにて、助教授に昇任した[1]。

2003年以降の原爆症認定集団訴訟では、国側の証人として出廷し、国の主張に沿った証言を行った。特に被爆者の放射線量を評価するシステム、DS86とDS02については妥当性を主張しており、この点で原爆症の認定が不十分であるとする原告の主張と対立している(被爆者約25万人のうち、国が原爆症と認定した者は約2000人である)。なお、小佐古が証人として出廷した裁判は、国側が全て敗訴している。[要出典]

2005年、東京大学大学院において、工学系研究科の原子力専攻にて教授に昇任した[1]。2011年、福島第一原子力発電所事故の発生にともない、3月16日に内閣官房の参与を兼務することになった。しかし、4月29日に衆議院議員空本誠喜らが同席の下で、参与辞任を表明する記者会見を行った[2]。その席上、小佐古は「いろいろと官邸に申し入れてきたが、受け入れられなかった」[3]と述べ、退任を示唆した。特に、原子力発電所の作業員の緊急時被曝線量限度を年100ミリシーベルトから年250ミリシーベルトに引き上げたことについて「もぐらたたき的、場当たり的な政策決定を官邸と行政機関が取り、手続きを無視している」[4]と主張するとともに、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステムの測定結果の公表が遅いと指摘した[4]。2011年4月30日、内閣官房参与を辞任。5月2日、報道関係者向け説明会を計画するも、守秘義務の関係から、中止する。

現在は、東京大学大学院にて、工学系研究科の原子力国際専攻の教授を務めている[5]。
人物 [編集]

趣味として、水泳や工作を挙げている[6]。『日本経済新聞』を愛読する[6]。幼いころの将来の夢は旋盤工だったという[6]。
略歴 [編集]

* 1972年 - 東京大学工学部卒業。
* 1974年 - 東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。
* 1977年 - 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。
* 1977年 - 東京大学原子核研究所助手。
* 1982年 - 東京大学原子力研究総合センター助教授。
* 2005年 - 東京大学大学院工学系研究科原子力国際専攻教授。         
* 2011年 - 内閣官房参与。(3月16日〜4月30日)

出演番組 [編集]

* 「ニュートンのりんご」(青森放送、月1回放送)

脚注 [編集]
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1. ^ a b c d e f g 「研究」『教員紹介』東京大学。
2. ^ 毎日新聞「福島第1原発:内閣官房参与、抗議の辞任」
3. ^ 「小佐古・内閣官房参与が辞意――政権の原発対応に不満」『asahi.com(朝日新聞社):小佐古・内閣官房参与が辞意 政権の原発対応に不満 - 政治』朝日新聞社、2011年4月29日。
4. ^ a b 共同「小佐古内閣参与が抗議の辞任――政権の原発対応遅れ批判」『中日新聞:小佐古内閣参与が抗議の辞任 政権の原発対応遅れ批判:政治(CHUNICHI Web)』中日新聞社、2011年4月29日。
5. ^ 「小佐古敏荘教授」『教員紹介』東京大学。
6. ^ a b c 「その他」『教員紹介』東京大学。

関連項目 [編集]

* 福島第一原子力発電所事故
* 国際放射線防護委員会(ICRP) - 第4専門委員会の委員

外部リンク [編集]

* 小佐古研究室 - 東京大学大学院工学系研究科原子力国際専攻 - HOME

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この項目「小佐古敏荘」は、科学者関連の書きかけ項目です。加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています(WP:人物伝/P:自然科学)。
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カテゴリ: 出典を必要とする記事/2011年5月 | 日本の工学者 | 東京大学の教員



(了)


posted by びとう さとし at 22:09| 北海道 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 脱原発・エネルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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